20130302

もうちょっとでテキストファイル化完了。

ずーーーーっと、よろみ村通信のPDFファイル(画像)からテキスト形式にむりやり、コンバートしたファイルの修正をやっておりました。過去の通信を入力しているのと同じテンションになってしまう自分がいます。再び、新しいものとして読み直しているという感じなのです。つくづく、読書というものは、不思議だなと。読むということの不思議にはじまって、結局言語が通じるということが不思議でたまらなくなります。どうもここらへんで、その人の持ってうまれた体質がその次の進展を左右するような気がしております。通じているということが誰にも、少なくとも人同士では検証のしようがないのではないか。
 例えば、二人きりの場合は、互いが互いに言うことを解釈し続けているだけなのではないかとか、例えば、三人称が介在する場合、神さまのような属性を持つ部分が生じるが、それは絶対に人の感覚を越えないとか。言語があるのかどうかという問いにまで行ってしまう」人もいただろうなあと想像されます。やっぱ。ぶっちゃけ。ただなんとなくという感じ以上にわかり合えるなんちゅうのはないんではないかと思うのです。
 その意味で、よろみ村通信は、各人が自分の書きたいようにしか書いていない、(あたかも、このことが言い訳のようにして成立してしまう可能性もあるのですが)はずなので、それができるかどうか、できたかどうかは別にして、誰もコントロールできないという意味で、より言語そのものに漸近していると自負しているのです。もちろん、それが事実ならば、このこと自体が私の妄想でもあります。


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