例えば、二人きりの場合は、互いが互いに言うことを解釈し続けているだけなのではないかとか、例えば、三人称が介在する場合、神さまのような属性を持つ部分が生じるが、それは絶対に人の感覚を越えないとか。言語があるのかどうかという問いにまで行ってしまう」人もいただろうなあと想像されます。やっぱ。ぶっちゃけ。ただなんとなくという感じ以上にわかり合えるなんちゅうのはないんではないかと思うのです。
その意味で、よろみ村通信は、各人が自分の書きたいようにしか書いていない、(あたかも、このことが言い訳のようにして成立してしまう可能性もあるのですが)はずなので、それができるかどうか、できたかどうかは別にして、誰もコントロールできないという意味で、より言語そのものに漸近していると自負しているのです。もちろん、それが事実ならば、このこと自体が私の妄想でもあります。


